24時間テレビで関連して思ったこと

 

障がい者がメディアに取り上げられる理由は障がいをもってるけど、障がいを乗りこえようと頑張ってるから人の心をうつ…のだと思われる。

 

健常者が何か乗りこえようとするのを見るのと、障がい者を見る目はあきらかに違うと思う。

 

健常者を見るときは自分と同じ立ち位置で見る。

 

障がい者を見るときは“なんらか不足しているから”と無意識で少しハードルを下げていると感じる。

 

だから、健常者と障がい者で何か乗り越えた時の“振り幅”が違うんだよね。

 

感動の大きさ というか 質なのか 幅なのか わからんけどさ。

 

この結果にメディアは注目するんだよね。世間の注目度が高いから。

 

でもこの結果は人を最初哀れみの目で見るんだなと思う。

 

となると悪いのは、メディアだけではなく、社会的にそんな風習というか障がい者に向けての捉え方が問題なんだよね。

 

とすると解決策は…って話になるんだよね。うーん頭使うなー(・~・`)

 

自分が思いつくのは障がい者と接する機会を多くして、

 

1.自分と変わらない人間なんだって体感してもらうこと

 

そのうえで、何かあることをするときにこれは苦手、不自由なんだと感じてもらうのがいいよね。

 

次は障がいを持つ人がメディアに沢山出ること。

 

また「2.障がいよりも強い売り(技術 人etc)を持って、メディアに出ること

最後に「3.障がいについて知っていることを誰か身近な人と話すこと

 

1番目は頭のいい人に任せた。
2番目は乙武さんが出ているので、認知はある。
3番目が一番簡単だよね。ふだんからできる小さな支援

 

そして、自分がやろうとしているのは2番目。

 

道化師としてできることが理想ではある。

 

どうやら、自分がやろうとしている改革は人生最大の難関らしい。

 

少しずつでもいいので、ご協力をお願いしたいです。折れないように適度に頑張ってます。いつでも待ってます。

 

そして、いつかきっと、晴れると信じてます。

「2014年9月(当時21歳)Facebook投稿」

 

 

2012年、高校3年生のとき、

進路に迷っていた。

 

自分がやりたいことは、

どれひとつ認めてもらえないだろうと、

誰にも、やりたいことを言い出せず、

ふさぎ込んだ。

 

そんなときに、

サーカスに生きる「道化」と出会った。

 

サーカスの世界に関わり、

色々な方の笑顔を見て、

私も笑顔を届けられる人になりたいと

サーカスに生きる道化に憧れを感じ、

道化としての活動をはじめる。

 

 

しかし、将来の不安を感じ、

2015年4月に県で一番大きい金融機関

入会することにした。

 

だけど、不安はなくなるどころか、

自身の欠点を許せなくなり、

他の人と比べることが多くなる。

 

そして、2018年3月に金融機関を退職する。

 

金融機関に入会したことは

決して後悔してはいない。

 

 

世間知らずな私にいろいろなことを

教えていただいた先輩方、

 

不安定なときに支えてくれた同期、

 

昼ごはんのときに

いつも付き合ってくれた後輩。

 

たくさんのことを

金融機関から得ることができた。

 

感謝をしている。

 

ただ、私はやりがいを求める気持ちが強い

 

多くの人と接する仕事や、

 

難度の高い課題にじっくりと取り組むことが

求められるような仕事で力を発揮できる人。

 

 

もちろん、

どこの業界でも同じことだと思うが、

入会してペーペーの私には

私の特性である

分析」や「発明」を

生かす場はどこにもなかった。

 

さらに困ったことに、

事務として入会したがゆえ

総合職として働く同期の給料や、

これから入ってくる後輩の給料よりも

少なかった。

 

頑張って仕事をしても差がつけられる状況が

この先ずっと、同じなのでは…と思うと、

自分を追い込んで働く意欲も無くなってくる。

 

だんだん、自信を失い、

自身の魅力よりも欠点に目が行くようになる。

 

 

私が変わるためのきっかけ

母親からずっと言われている言葉。

 

母親
あなたは架け橋になれる人

 

聴覚障害があるから、

耳がわるい人」と「健常者」の立場を

またがることができる。

 

だから、

両者の立場の気持ちや、

それぞれの違いや共通点がわかる。

 

ただし、

どちらにもなりきれないグレーゾーンにいる。

 

だから… 「ぼくはナニモノか?」と、

いつも自分に問いかけた。

 

自分自身を模索しているなか、

あの日に触れたサーカスで生きる道化師の存在を思い出す

 

自分と関わるときも道化と別れた後も

何かあたたかなもの」を感じた。

 

それは一体なんだろうかと疑問に感じたこと、

私も「道化」のような存在になりたいと、

 

憧れを持ったことをきっかけ

活動をはじめたことを思い出す。

 

 

道化を学び、

自分の欠点をさらけ出した

道化」でいるときの方が、

自分らしくいられると気づく。

 

 

そんな「道化」のあり方にこそ、

健常者・障害者を問わず、自分らしく自由に生きるためのヒントがある

と考えた。

 

人間の おろか で はかない、

本当にダメな部分を、

道化」という存在をとおして、

あらわすことができる。

 

道化」は

人間の核となる本質を

ギュっと一つに詰め込んで、

あらわした存在。

 

すごいことをやって拍手をもらうよりも、

人間って本当にどうしようもない存在だけど、それが愛らしいんだ

庶民の共感を求める。

 

 

自分が

苦手だと思ったり出来ないと思っていること

実はその人の「個性」であり「魅力」である。

 

欠点をさらけ出した先に、

そんな気づきを得られたことで、

 

生きること

他の人とのコミュニケーション

が、

楽になったから

道化」を生活の中心にすることに決めた。

 

そして、

私は金融機関職員という安定した道を置いた。

 

 

これからは、

自身の弱さを受け入れられずに悩み、

苦しんでいる方に向けて

これが私、あなたにも愛される資格がある。ありのままの自分を愛そう

とメッセージを伝えるためにパフォーマンスをすると方向性を定め、活動を再開した。

 

 

いまはスイスサーカス学校に通い、世界トップクラスの道化(ピエロ)になることを目指し、頑張っています。

 

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