祖父から教わった、たった一つの大事なこと

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こんにちは!18歳のときから夢を追いかけ続けて7年目のダンボ(@dumbo_circus)です。

「ダンボさんは なんで失敗しても積極的にチャレンジできるのか」と聞かれたので、まとめてみました。

応援してくれる、私の可能性を信じてくれる人がいる。

私は「両側感音性聴覚障害」を持って生まれましたが、いまは いろんなことができるようになりました。

目立った実績は…

  • 男子新体操団体メンバーとしてインターハイに出場
  • ある団体の主催するサーカス公演に出演
  • サーカス団をつくり、公演する(6月3日)

だけど、最初から積極的にチャレンジする人ではなかった。

どちらかというと、クラスではかなり平凡、いやそれ以下の存在感だったと思います。

嫌われることや否定されることが怖く、クラスの人気者を遠巻きに羨ましくみているなど、憧れだけはありながら、「どうせ自分は」と自分の存在を誰か任せていた。

 

だけど、自分の存在に責任を持ち、後悔しない人生を送ろうと思ったきっかけがあります。

 

祖父の存在

小学校時代は週に一度、祖父母の家に泊まりにいくほど、おじいちゃんが大好きでした。

行くたびに腰を踏んだり、肩を叩いていたりとしていました。

子どもながら、祖父の背中が大きく感じたことを覚えています。

 

ターニングポイント

そんな背中が大きかった祖父も身体がやせ細り、寿命で亡くなりました。

その事実は思春期の私に少なからず影響を与えた。

祖父が亡くなる前に会ったときの強いまなざしから

俺はここまで生きたんだ。お前はここまで生きてこられるのか?俺を越えて生きてみせろよ

と語りかけてきたような気がしました。

自身の子孫にモデルとなるような生き方をした祖父の生き様に憧れ、前を向いて歩くことに決めました。

 

しかし、ある疑問がわきます。

「生きる」ってなんだ?

「心臓が動いているから生きている」という意味ではないような気がしました。

 

「生きる」ってなんでしょうか?

あなたは「生きる」ことについて考えたことがありますか?

「祖父がいなくなった」という事実に焦点を当て、考えているところ、ある質問が思い浮かびました。

「あなたが、いまから24時間後死ぬということが分かったら何をしますか?」

  • 未来を奪われたことに絶望する?
  • どうしてもやりたかったことをやる?

問いに対する答えを考えるヒントになった漫画があります。

イキガミ 7 (ヤングサンデーコミックス)

~死は一瞬だが、生は永遠の光を放つんだ~

 

主人公が路上ダンスって迷惑じゃないですかという言葉に対し、課長が答えるシーン

迷惑に思ったり、思われたりすることも一つのコミュニケーションだと思いますし、

ほら、今は誰もが身分を明かさずにキー操作一つで誰とでもつながれるでしょ。

たしかに便利かもしれませんが、どこか”匂い”や”温度”を感じない。

ところが、彼らは”生身の身体”を使って人々の関心を引こうとする…。

原始的ではありますが、それって健全で力強いコミュニケーションのように思うんですよ。

だから、路上パフォーマーの数は一向に減らない。これって”実体”のあるコミュニケーションが今の社会に欠けてるって証拠なんじゃないでしょうか。

 

先人たちは「生きる」ことをどのように捉えていたか?

国語辞典をひらいて、「生きる」という語を調べてみました。

  1. 命を保つ、生存する、心臓が動いている。
  2. 生計をたてる、生活する
  3. (一つのものに打ち込んで)意義を見つけて暮らす。
  4. 生き生きする、生気がある
  5. 効果がある
  6. 影響力がある。 etc

引用:「国語辞典 第十版」旺文社

なかでも「3.(一つのものに打ち込んで)意義を見つけて暮らす」と「4.生き生きする、生気がある」が近いような気がします。掘り下げてみましょう。

 

「意義を見つけて暮らす」

「意義」

  1. その言葉の表す内容、意味。
  2. 事柄の重要さ、価値

引用:「国語辞典 第十版」旺文社

これだけではわからなかったので、「のめり込む」というイメージがおりてきたので、類義語を調べました。

「のめり込む」

  • 熱中、一筋、没頭、夢中、真剣、真摯、一途、集中、傾倒 etc
  • 心を打ち込む
  • 心を集中させる
  • 精神を集中させる
  • 心を奪われる

引用:「感情ことば選び辞典」学研

どれも「心」(精神)という言葉が使われています。

 

「生き生きする、生気がある」

「生気」

  • 生き生きとした力、活気

引用:「国語辞典 第十版」旺文社

「生き生きとした力」、私の解釈では「輝いている人」が思い浮かびます。

そこで、「サーカス」を例に考えてみます。

サーカスは解釈が人それぞれあるとは思いますが、「身体の可能性」を感じさせられる演目が多いですよね。

一歩間違えたら危険と隣り合わせで、演じている方も観ている方も緊張すると思います。

しかし、空を舞ってみせたり、腰をグニャと曲げてみせたり、軽快に跳んでみせたり、ドタバタ芸をしてたりと

演じる彼らを見ていると「人間、こんなことができるの!?」と心が喜怒哀楽といった色で塗られ、感情が動くのが分かると思います。

そのとき、演じられる方、観られる方の表情輝いているのを見られるのではないでしょうか?

 

夢中になれるものって何ですか?

ところで、あなたは自分の心が動くものはありますか?

夢中になれるものってなんですか?

もし、夢中になれるものがないという方におすすめしたい方法があります。

 

紙に何かしら書いてみる

用意するもの:「ペンと紙」

まずは、自分の気持ちを形にするところからはじめてみてはいかがでしょうか?

悔しい気持ちなら「悔しい」と楽しいなら「楽しい」とそれだけでいいんです。

もちろん、書くことが習慣になれば、もっといろんなことが書けるようになります。

 

私はこちらの道具を使っています。

私は無地を使っていますが、最初は方眼の方が書きやすいかもしれません。

いろいろな筆記具を試して、書きたいと思えるものを選んでみてください

 

頑張っている誰かを応援する。

頑張っている誰かを本気で応援した経験はありますか?

 

本気で応援すると悲しくもないのに、おかしいわけでもないのに泪が止まんなくなります。

他のことがどうでもよくなってしまうほど、いろいろな感情が入り混じって、身体の自由が利かなくなります。

 

応援した彼が一歩踏み出し、変わった姿を見て、さらに泣けてきました。

なぜか、「生きている」と感じました。

 

いまは、「インターハイ(高校総体)出場」を目標に頑張る高校生を応援しつづけています。

彼らのために時間を使っているではなく、自分自身の責任で応援することを決めたことだから、応援しているつもりが、逆に彼らからエネルギーを受け取りました。

応援するとは、自分の内側の声をとおしてする活動だから、自分が自分を励ましている状態になります。

試してみてはいかがでしょうか?

 

まとめ

  • あと少ししか生きられないと分かったら何をしますか?
  • 誰かの夢を本気で応援したことがありますか?

 

「生きる」とは楽しむことやワクワクすることといった「心を震わす活動」と捉えています。

応援してくれた祖父は「生きる」ことの意味を理解し、全身全霊で生ききったのでしょう。

 

最後に、僭越ながらエールを送ります。

あなたはあなただから良い

ありのままの自分を自分を受け止め、愛してください。あなたにも愛される資格はあります。

 

最後までご覧いただき、ありがとうございます。今回の記事、いかがでしたか?

私は「人とのつながり」を感じられる「場」をつくるため、コンセプトデザイナーとして踏み出しました。

ブログもデザインの一つと捉えています。

現在の目標はスイスにあるサーカス学校の入学本試験に合格すること。

もし、身近に応援できる頑張っている人がいないのでしたら、応援してください。

私は夢を追いかけることであなたを応援します。

 

では、またお会いしましょう。

 

ジャレル=ジョコーソ・ダンボ

 

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